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ファンクなワケ その3

で、ヒップホップ。
まずはRUN DMCとビースティー、前者はエアロスミスで後者はAC/DCの
パクリが激烈にかっこよかった 追い討ちをかけたのがPublic Enemy
スレイヤーとアンスラックスをパクッてこれまたミョ~にGroovy
スラッシュもなかなかええノリ出すやん

この頃はラップとスラッシュを聴きまくってたなぁ
特にメタリカとアンスラックスはよく聴いた ライブにも行った
ちゃんとヘッドバンギングもやりましたよ

そんな時、DE LA SOULとA Tribe Called Questに出会った

あら
なにこれ
コイツら全然違う
軽いけどめちゃめちゃカッコエエ

ネタ使いのセンスがイイ 元ネタを聴きたい! そんな衝動だった
今でこそ「誰のなんという曲からのサンプリング」とか書くようになったけど
当時は曲の拝借は無法状態だったので手がかりがほとんどない
ライナーノーツだけを頼りに元ネタを探しまくった 東京まで行ったことも

そこに衝撃の出会いが…

ミーターズだった
ある意味でJBよりも衝撃的なファンクだった

「こんなスッカスカのドラミングで何でこんなGrooveが?」
と思うと同時に、「ヘタに音を詰め込んだらGrooveが出ない」と確信した

それからファンク道をブチ進んでいった
そんな中で精神的支柱になったのがPファンク=ジョージ・クリントン

「ONE NATION UNDER A GROOVE」

ファンカデリックの代表作にしてファンクの金字塔的作品

「ONE NATION UNDER A GROOVE」

「ファンクとは?」の問いに見事に答えたそのタイトル

「ONE NATION UNDER A GROOVE」

ひとつの到達点に来てしまったんだと思った
もう後戻りできないところまで来てしまったんだと思った

広すぎて回り込めない
低すぎてくぐり抜けられない
高すぎて乗り越えられない
(ONE NATION UNDER A GROOVE 冒頭の歌詞より)

お釈迦様の掌の孫悟空のようなもんですなあ

もはやファンクから逃れることが出来ないよ
おまえはファンクとともに生きていくんだよ

とクリントン総帥に宣告されてしまったわけです

それからPファンクに没入するのは自然な流れだった
パーラメントの緻密、ファンカデリックの刹那、ブーツィーの
咆哮、バーニー・ウォレルの変態、エディ・ヘイゼルの泣き、
マイケル・ハンプトンの爆裂、グレン・ゴインズの絶叫。
それを統括し、マザーシップから降臨するクリントン総帥。

どうやら俺はとんでもないものに足を踏み入れたようだ
でもなんだこのクラクラくる心地よさは

いったいこの先何をどう聴いていくのか
オレはもうラジオやTVからタレ流される普通の音楽では
全く満足しなくなっていた
そんなときに出会ったのが大学のサークルだった

「俺はもうバンドはやらない」
「自分の趣味だけを深化させる」

と思っていたが、入ってみてそんなことを考えていた自分が
バカらしいことが分かった ここはもっともっと深いぞ、と。

PINKのコピーバンドを始めた一回生の冬頃、

「ファンクが好きやっちゅうのは オマエか」
と、ある先輩から声をかけられた
これが新たな音楽生活の始まりだったということはそのときは
知る由もなかった…

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独立行政法人

大学のセンセイ方はえらいこっちゃらしいです
昨日、関東の某芸術系大学の学部長センセイと飲んで話したんですが、

「ついこないだまで副業禁止とか言ってたクセに、いきなり
儲けろって言われてもどうしていいかわからないようだ」
「責任とるのがコワイから、大きな仕事をとろうとしない」

そんな教授のなんと多いことよとそのセンセイは嘆いておられました
「今のヤツら全部やめさせようか」とまで言ってました

ガッコにしがみついてれば何とかなるとまだ思っているようです
手に職を持って一本立ちするようなセンセイはごくわずかのようですな

僕が「金儲けの苦労を味わうがいいさ ざまあみろですよ ははは」って
言うたらさすがに気に障ったのか、「あんたヒドイな」と苦笑してました

でも大学にはしっかりしてほしいもんです がんばれ!
僕は全然勉強しなかったけど、結構その筋で活躍してる人が多いので
大学を出たことは誇りに思います 勝手やなぁ

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ファンクなワケ その2

それからヒップホップにハマりました
といっても1985年前後のオハナシ

めっちゃオールドスクールですわ 避けて通れないのが
シュガーヒル・ギャング
カーティス・ブロウ
グランドマスター・フラッシュ

そして
アフリカ・バンバータ

鼻下までズッポリはまったところで待ち受けていたのは…
やはりあの御大でした

ビル・ラズウェルを追いかけていたはずが、JBとバンバータの
コラボ「Unity」に行き着いたわけです
「あぁっ このシャウトはあの時の!」って感じですわ

荒削りなサウンド、JBの雄叫び、若きバンバータのラップ、
そして小5の体験、もう息が出来ていませんでした

それからさらにヒップ・ホップを掘削していくのでした
そこで思わぬ大金脈に出くわすとは…

ほなまた

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A型

インフルエンザですわ いやーまいった
まあ5人家族で4人かかってうつらん方が
おかしいけど しんどかったわ

ようやく明日から社会復帰します

しかし何で今頃流行るかなあ

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ファンクなワケ その1

って言われてもなあ なんで俺ファンク好きなんやろ
っていうことを思い起こしてみる

3歳~幼稚園の頃は「東京こどもクラブ」という、今でいうと
ガキが英語をCDで勉強するようなものを「ソノシート」で
一日中聴きまくってたらしい

小学校の頃は普通に歌謡曲にヌップリ、しかし5年生の頃
聴いたラジオでJBとT.Rexにやられた
勝手に動く腰をどうすることも出来なかった
大人になってこういうモノにかぶれてはいけないという、これは
予防注射のはずだった

おとなしかった音楽生活は一変し、その頃流行のホンダの「CITY」
というクルマのCMで使われたMadnessにドはまりし(今も大好き)、
中二で久方ぶりの衝撃を味わうことに

それはハービー・ハンコックの「Rockit」
そこでスクラッチをかましてたのはGrandmixer DST
プロデュースはBill Laswell
当時NYで先鋭のユニット「Material」と組んだモノだった

その後の音楽生活の灯火となるこのアルバム、それが実に面白い
取り合わせに出会わせてくれることになろうとは…

ほなまた

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徒然なるままに

まいどどうも Blogねえ 何に使うねん
確かWindows95が出るといって初めてパソコンを買ったときも
同じようなことを言うてたような気がする

それ以来10年以上パソコンを使っているが、結局やってるのは
極端に言うとコミュニケーションしかしてない

メールはもちろん、ワープロや表作り、見積から始末書に至るまで
特定の誰かと意思疎通をするためのツールとして使ってきたし今もそうだ

しかしホームページとかBlogはちょっと違うような気がする
特定の誰かとコミュニケーションを取るのであれば電話やメールで
じゅうぶん事足りるはずだし、少なくともオレはこれで十分だ

日記をつける習慣もないし、学校でもほとんどノートを取らなかった
しかし会社に入ったらそうはいかない 忘れたら自分だけじゃなく他人に
も迷惑をかける ヤバイ事だらけ だから今は忘れないようにメモを取る
これとて紙に書く方が確実で早い

ほなBlogに書くことって…
別にないなあ 大体何に使うかわからんやつが何を書くというのか
しかもそれを不特定多数に発信する必要があるのか

はっきり言ってようわかりませんわ 今のところ
まあやってるうちに何か見えてくるでしょう
今までとは違うパソコンの使い方をしてみよっかなあくらいの気持ちです


jb2
…とかグチグチ言いながら「ファンクバカ一代」です
そんな感じのネタ中心になると思います よろしゅうに

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